これまでのサッカー経験について⑤

日立FC代表の紺野です。大学2年時についてです。Bチームではコンスタントに試合で使ってもらえるようになりました。そのきっかけが「武器」であるヘディングを磨いたことです。ヘディングの競り合いでは強さをアピールしていました。しかし、監督はAチームのトレーニングを担当していて、Bチームはコーチが担当。監督がBチームの選手を観るのは限られていましたが、月に1回程度AチームのセカンドチームとBチームのトップチームで紅白戦を行っていました。そのチャンスを自身のメンタルが弱く、中々活かすことが出来ずにいましたが、夏の関東新人交流戦のメンバーに入る事が出来ました。1,2年生で構成されたチームで関東の強豪大学と対戦。チームの結果は0-5など全敗。個人としてはヘディングの競り合いではアピール出来ましたが、技術面では力の差を感じました。しかし、監督、ダイレクターが頑張りを評価してくれて、初めてトップチームに入る事が出来ました。トップチームでは怪我人が多く、チャンスを貰えてスタメンで使ってもらえるようになりました。希望はセンターバックでしたが左サイドバックでの起用でした。
 チームは関東リーグ2部の初挑戦で、当時は1部、2部ともに8チーム構成。私は後期から全試合フル出場しますがゲームスピードについていくのがやっとでした。チームは自動降格圏内から脱出できずに最終節を待たずして降格が決まりました。トップチームの不甲斐ない闘いぶりに最終節のチーム応援はしてもらえませんでした。監督からはチーム全体に「危機感」がないと厳しく指摘されていましたが、個々の意識が足りなかった結果です。大学でも勝つことが出来ず、大きな失望感でサッカーを辞めるか悩みました。このシーズンは本当に精神的に辛かったです。チームの仲間から厳しい目で見られ、頑張っても結果を出すことが出来ない。自信は無くなりサッカーをやることが嫌になっていました。しかし、大学に行かせてくれた両親に約束した事、自分で決めた目標の為にもサッカーを続けることに決めました。

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